高市早苗政権が施政方針演説で掲げたフレーズ――
「責任ある積極財政」。
さらにこう続きます。
「特例国債に頼らない形で、成長分野への投資を行う」
……。
正直に言いましょう。
日本語として破綻しています。
今日はこの言葉の構造を、一つずつ分解します。
① そもそも「積極財政」とは何か?
積極財政とは何か。
政府が
・支出を拡大し
・国民の所得を増やし
・経済規模を拡大させる
これが定義です。
財源は?
基本は 国債発行 です。
なぜか?
政府支出=誰かの所得だからです。
国債発行は民間の資産になります。
これを否定するなら、政府支出そのものを否定するしかない。
② 「責任ある」という枕詞が生まれた理由
ここが重要です。
本来、積極財政派はこう言ってきました。
将来世代に豊かなインフラ、教育、産業基盤を残すことこそ責任だ。
つまり「責任」は未来への投資という意味で使われていた。
ところが。
緊縮派はこう言い続けました。
無制限に国債を発行すればいいという無責任な理論だ。
典型的な藁人形論法です。
誰も「無制限に」とは言っていない。
しかしこのレッテル貼りが続いた結果、
積極財政側も「責任ある」という言葉を使わざるを得なくなった。
つまりこの言葉は、防御的に生まれた。
ところが高市政権の文脈は違う。
③ 高市文脈の「責任」
高市政権の言う「責任ある」はこうです。
財政規律を守りながら
特例国債に頼らず
成長分野へ投資する
……。
それは積極財政ではない。
なぜなら、特例国債に頼らないということは
・増税
・歳出削減
・他予算の付け替え
このどれかしかありません。
これを積極財政と言うのは、
カロリーゼロのラーメンを「爆盛り」と呼ぶようなものです。
④ 特例国債とは何か
まず整理しましょう。
日本の国債は大きく分けて二つ。
・建設国債
・特例国債(赤字国債)
特例国債とは、税収不足を補うために発行される国債。
つまり政府支出を維持するためのものです。
これを使わないと言う。
ではどうするのか?
⑤ 「国債に頼らず積極財政」の矛盾
政府が支出を増やす。
しかし国債を増やさない。
ということは、
・増税で財源確保
・他の予算削減
しかありません。
増税しながら積極財政?
それは単なる再分配です。
経済全体の需要は増えません。
⑥ 「成長分野への投資」の罠
よくある言い回しです。
「成長分野に重点投資する」
聞こえはいい。
しかし全体の財政規模を拡大しなければ
それは単なる予算の組み替え。
Aを削ってBに回すだけ。
トータルの需要は増えない。
積極財政とは「総需要を増やす」こと。
重点化は、積極でも何でもない。
⑦ なぜこの言葉が危険か
問題は言葉の曖昧さです。
「責任ある」
この言葉は誰も反対できない。
しかし具体的に何を意味するのか曖昧。
財政に責任を持つとは何か?
・債務残高を減らすこと?
・インフレを抑えること?
・将来世代に資産を残すこと?
定義がない。
言葉だけが踊る。
⑧ 日本の現実
日本は
・実質賃金が低迷
・民間投資が弱い
・需要不足が慢性化
この状態です。
ここで必要なのは
・政府支出の純増
・所得の増加
・民間投資の誘発
これをやらずに「規律を守る」と言う。
それは現状維持です。
⑨ 「責任」の本当の意味
本当に責任を持つなら
・教育投資を拡大
・インフラ更新
・エネルギー安全保障
・研究開発強化
これらを十分な規模で行うこと。
規模がなければ意味がない。
「頼らない」と言った瞬間に
規模は制限されます。
⑩ 積極財政を名乗るなら
積極財政を名乗るなら、
明確に言えばいい。
必要な規模の国債を発行する。
それが将来への投資である。
それを言わずに
特例国債に頼らない積極財政
と言うのは、
中身のないキャッチコピー。
⑪ 言葉のマジック
政治の世界ではよくある。
・構造改革
・身を切る改革
・責任ある財政
どれも具体性がない。
しかし印象は良い。
今回も同じ構図です。
⑫ 本当に恐ろしいのは
この曖昧な言葉が
「やってる感」を生むこと。
実際には財政拡大しない。
しかし積極財政と呼ぶ。
その結果、国民は混乱する。
結論
「責任ある積極財政」
「特例国債に頼らない投資」
これを同時に成立させるには
・大規模増税
・他予算の大幅削減
しかありません。
それは積極ではない。
それは単なる再配分です。
本当に責任があるなら、
日本語を正しく使うべきです。
積極財政なら、積極財政と言え。
緊縮なら、緊縮と言え。
曖昧な言葉でごまかす政治こそ、
最も無責任です。
読者のみなさんはどう思いますか?
「責任ある積極財政」は
本当に積極でしょうか。
それとも、
言葉だけの財政でしょうか。
私は後者だと思います。

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