【書評④・最終章】『改訂版 茶番選挙 仁義なき候補者選考』

候補者選考の“茶番”は、なぜ今の政治にもつながって見えるのか

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書籍リンク:▶︎ 改訂版 茶番選挙
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はじめに

この本を読んで最後に残ったのは、
「この党がひどい」という感想ではありませんでした。

むしろ逆です。
これは、どの党でも起こりうる話なんじゃないか。
それが私の率直な感想でした。

候補者選考が不透明になる。
説明が足りない。
負けが続く。
余裕がなくなる。
すると、人は疑い始めます。
候補者同士も、支える側も、選ぶ側も、みんな少しずつ疑心暗鬼になる。

本書が描いているのは、単なる選挙の裏話ではなく、
政党組織が信頼を失っていく過程なのではないか。
私はそう読みました。


1.憲法はきれいだ。でも現場はきれいごとだけでは回らない

日本国憲法第41条は、国会を「国権の最高機関」と定めています。
第43条では、両議院は「全国民を代表する選挙された議員」で組織されると書かれています。
言葉としては、とても立派です。 
https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION

ただ、衆議院の憲法調査資料では、第41条の「国権の最高機関」という表現は、厳密な法的優越というより政治的美称として説明されています。
つまり、憲法の文章は立派でも、現実の政治運営はそれほど単純ではない。
ここに、最初のズレがあります。 
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi035.pdf/$File/shukenshi035.pdf


2.「全国民の代表」のはずなのに、実際は地域と党内事情に引っぱられる

衆議院議員は、憲法上は全国民の代表です。
でも選ばれる過程では、地元の事情、支援者、組織、党内調整、候補者選考が強く影響します。
現実の選挙は、かなりローカルです。 
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html

つまり議員は、
選ばれる時は地域代表っぽく振る舞い、当選すると全国民の代表として働く
という、かなりしんどい二重構造の中に置かれています。

これは制度上の宿命でもあります。
けれど、その入口である候補者選考が曖昧になると、あとに続くすべてが曇る。
本書が問題にしているのは、まさにそこです。 


図① 代表制のねじれ

Copy【建前】
全国民の代表
   ↓
公共の利益のために議論し、立法する

【現実】
地元事情 + 支援者 + 党内調整 + 候補者選考
   ↓
まずは「組織の中で納得されるか」が大問題になる

3.利害調整は必要。でも、それが不透明になると“茶番”に見えてくる

政治に利害があるのは当たり前です。
地域の要望もある。予算もある。支持組織もある。
むしろ利害のない政治のほうが不自然です。

ただし、その利害調整に説明がなくなった瞬間、話は変わります。
「なぜこの候補なのか」
「なぜその人は外れたのか」
「なぜこの順番なのか」
ここに筋の通った説明がないと、利害はすぐに利権っぽく見えてきます。

そして、候補者選考が不透明になると、組織の中には疑いが広がります。
理念よりも空気。
政策よりも席順。
そんな状態になれば、政治はだんだん“茶番”に見えてくる。
本書のタイトルは、そこを突いているのだと思います。 


4.この問題は、たぶん一つの党だけの話ではない

私はこの本を読んで、
「これは特定の党の特殊事情ではなく、どの党にも起こりうる」
と感じました。

関連レビューでも、候補者選考の闇は一つの党に限らず、あらゆる政党・政治団体に言えるのではないかと指摘されています。 

たしかに、名前は違っても起きる現象はよく似ています。

選挙に負けたら責任のなすりつけ合い。
候補者選考がギリギリなら、候補者同士のせめぎ合い。
公認が決まった相手には、どこか他人行儀な「お疲れさまでした」。
選ぶ側が、候補者の本や講演テーマをちゃんと見ていない。
それでは、互いに信頼できるはずがありません。

候補者が疑う。
支える人も疑う。
そうなると協力体制はできません。
組織は、外と戦う前に中で疲れてしまう。
政治の世界でこれをやると、かなりきつい。
マラソン大会なのに、スタート前から全員で靴ひもを踏み合っているようなものです。


5.勝っている側には余裕がある。勝てない側には余裕がなくなる

ここが、私が最後にいちばん言いたいところです。

自民党は、少なくとも長く政権を担ってきた側です。
だから、良くも悪くも余裕がある
議席も資源も人材配置の幅もある。
少々の揺れがあっても、組織全体がすぐ傾くわけではない。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/kaiha_m.htm

一方で、勝てていない側は余裕を失いやすい。
候補者一人、公認一枚、順位一つの重みがまるで違う。
だから内部競争が強くなりやすい。
ちょっとしたズレや不信が、そのまま組織の空気を悪くする。

これは、善悪の話というより構造の話です。
余裕がある組織は、おおらかになりやすい。
余裕がない組織は、防衛的になりやすい。
その結果として、足の引っ張り合いや責任転嫁、疑心暗鬼が生まれやすくなる。
私は、本書を読みながらそこを強く感じました。


図② 組織の余裕と空気の関係

【勝っている側】
議席・資源がある
   ↓
余裕がある
   ↓
個人への敬意を示しやすい
   ↓
組織の空気も比較的おだやか

【勝てていない側】
議席・資源が少ない
   ↓
余裕がなくなる
   ↓
防衛的になる
   ↓
疑心暗鬼・責任転嫁・足の引っ張り合いが起きやすい

6.だからこそ、ガバナンスは「統治」だけではなく「信頼」でもある

私は、ガバナンスという言葉を、単なる統治や管理だけではなく、
信頼の問題として考えたいと思っています。

もちろん、これは私なりの理解です。
でも本書を読むと、そう考えたくなる。

決定が正しいかどうかだけではない。
その決定に納得できるか。
不利な立場になっても、手続きは信じられるか。
選ばれなかったとしても、「次もこの組織でやれる」と思えるか。

この感覚が失われたら、組織は壊れます。
表向きの統制はできても、内側の信頼は消えていく。
それはガバナンスが機能している状態ではなく、
ただみんなが黙っているだけです。
静かだから健全、とは限らない。
火山だって噴く前は静かです。 Source Source


7.見る側にも、政治を読む筋力が必要になる

こういう構造を見抜くには、有権者の側にも基礎体力が必要です。
政党名だけでなく、制度と運用のズレを見る力。
候補者選考の意味を考える力。
言葉ではなく、

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