税は財源ではない ――それでも「財源論」が消えない理由
「財源がないからできません」
政治家も、財務省も、テレビのコメンテーターも、ほとんど反射的にこの言葉を使う。
しかしこの言葉は、前提からして間違っている。
税は財源ではない。
これは感情論でも陰謀論でもない。
現代の通貨制度の仕組みを前提にすれば、極めて構造的な話だ。
私は何度も言っているが、税の役割は「4つ」ではない。
よくある教科書的説明は4分類だが、それは整理として雑だ。
本質的には3つである。
① ビルトインスタビライザー(組み込まれた安定化装置)
まず第一に、税は景気を自動的に安定させる装置である。
累進課税と所得税。
この2つが組み合わさることで「ビルトインスタビライザー」が機能する。
景気が悪くなれば所得が下がる。
所得が下がれば税収は減る。
自動的に国民の可処分所得は相対的に下支えされる。
逆に景気が良くなれば所得が上がる。
累進課税によって税負担も増える。
過熱を自然に抑える。
これがビルトインスタビライザーだ。
ここで重要なのは、「税収を確保するため」に税が存在しているのではないという点だ。
景気の変動に応じて自動調整するために存在している。
もし税が純粋な財源ならどうなるか。
景気が悪いときに税収が減るのは「困る」はずだ。
しかし現実には、税収減少は景気安定装置として機能している。
つまり、税収が減ること自体が政策効果なのである。
この視点が抜け落ちていると、「税収が減る=悪」という短絡的思考になる。
② 所得の再分配
第二に、税は所得の再分配装置である。
市場経済は放っておけば必ず偏在を生む。
資本は資本を呼び、富は集中する。
だからこそ累進課税がある。
税は「政府が使うための取り立て」ではなく、
格差を調整するための制度的レバーだ。
再分配とは何か。
単にお金を取って配る話ではない。
社会全体の需要構造を安定させるための仕組みだ。
高所得者は限界消費性向が低い。
低所得者は高い。
つまり、所得が下層に移るほど消費に回る。
これは経済安定装置でもある。
ここでも税は「財源」ではない。
経済構造を調整するための道具だ。
財源という言葉を使った瞬間、
税の本質的な機能が見えなくなる。
③ 政策的目的(行動誘導)
第三に、税は政策目的のために使われる。
典型例がタバコ税だ。
政府は「健康のため」と言う。
だが同時に税収として見込んでいる。
ここで矛盾が生じる。
本当に喫煙者をゼロにしたいなら、
税収を当てにしてはいけない。
行動抑制と財源確保は両立しない。
にもかかわらず、現実の政策運営では
「税収減は困る」となる。
これが税を財源と見なすことの歪みだ。
税は行動を調整するための価格シグナルだ。
環境税も同じだ。
炭素を減らしたいなら、
最終的には税収が減るはずである。
それが成功だからだ。
では、インフラはどうやって維持するのか?
ここで必ず出てくる反論がある。
「じゃあ道路は?学校は?防衛費は?
税が財源じゃないならどうやって払うんだ?」
この問い自体が、
通貨制度を誤解している。
政府は通貨発行者である。
支出が先で、税は後だ。
政府支出によって通貨が民間に供給され、
その一部が税として回収される。
税が先に集まらなければ支出できない、
という構造ではない。
これは家計簿の比喩に引きずられた誤解だ。
政府は家計ではない。
インフラ維持のために税を取る、という説明は
心理的にはわかりやすい。
しかし制度的には逆である。
支出能力は通貨発行権によって担保されている。
税はインフレ調整のための回収装置であり、
需要を適正水準に保つためのものだ。
MMTが言っているのは
「無制限に刷れ」ではない。
供給能力を超えればインフレになる。
だから税で需要を抑制する。
ここが核心だ。
財源論がもたらす害
税を財源だと誤認すると、
何が起きるか。
「財源がないからできない」
という政治言語が成立する。
すると、社会保障も公共投資も
常に“削減候補”になる。
一方で増税は
「責任ある政策」と呼ばれる。
しかし現実はどうか。
景気が悪いときに増税すれば、
ビルトインスタビライザーを破壊する。
再分配機能も弱まる。
政策目的税も、
単なる取り立てに変質する。
結果として需要不足が固定化する。
そして「成長しないから税収が足りない」と言い出す。
完全な循環論法だ。
タバコ税の矛盾が象徴するもの
タバコ税は象徴的だ。
「健康のため」と言いながら
税収を見込む。
税収が減ると困る。
つまり本気で減らす気はない。
同じ構造が消費税にもある。
社会保障の財源だと言いながら、
一般財源化されている。
目的税と言いながら
実態は違う。
ここに財源論の虚構がある。
結論
税は財源ではない。
税の役割は3つ。
- ビルトインスタビライザー
- 所得再分配
- 政策的行動誘導
インフラ維持のために税を取るという説明は、
制度理解としては誤りである。
政府は通貨発行者であり、
支出能力は税収に依存しない。
依存するのは実体経済の供給能力だ。
財源論に縛られた政治は、
必要な支出を「できない理由」で止め続ける。
そして経済を弱らせる。
本当に問うべきは
「財源はあるか」ではない。
「供給能力はあるか」だ。
ここを見誤る限り、
日本はずっと“足りない国”を演じ続ける。

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